「外頼語」つれづれ
- 山根克史

- 2023年1月30日
- 読了時間: 3分
更新日:1月4日
今日もまた、新たな「外頼語」に出くわした。「雪で車がスタックしています」と、某
ニュース番組で耳にした英語由来のカタカナ語「スタック」である。かつてなら、立ち往
生という日本語で描写していたはず。もう二十年も前から、わざわざ英語を持ち出して来
て日本語代わりに使うことばを「外頼語」と呼んできた。文字通り、外(国語)に頼る語
(ことば)の意で、従来からある「外来語」とは一線を画したつもりで、単に外(国)か
ら来た語ではない。
ところで、元来「外来語」と、例えば日本には無かった文物などが外国から流入した場
合、当然それに相当する日本語は無い。そうなると、止む無く(と思うのだが)、その文
物の外国名をカタカナで表記したとしても不思議ではない・違和感も無い。そうして生ま
れたのが外来語ではなかったか。むげに「外来語」を非難する気にはなれない。日本語化
できるものと出来ないものがある。無理に日本語化しようとすれば、長々と説明文にもな
りかねない。特に日本語に危害を与える類のことばであるとも思えない。
他方、「外頼語」については、ほぼ同感する余地も無い、到底そんな気持ちにはなれな
い。何故なら、動詞、形容詞、副詞など、およそどの民族の言語にも存在するに違いない
範疇のことばまで(理由がどうであれ)日本人が自らの手で、母国語をないがしろにして
使っている。その結果、民族と表裏一体である最高に貴重な無形文化遺産無を破壊し駆逐
する可能性をもった危険なことばである。こうした行為を愚行蛮行を呼ばずして何と呼べ
るだろうか。
思うに、「外来語」の場合、ほぼ文物の名称だけを外国語にゆだねて借用したにことば
に過ぎなかった。動詞、形容詞、副詞とは無関係ではなかったか。実は、文物でさえ、例
えば火縄銃、大砲などのような日本語化されたことばがあるように、我が先人達は知恵を
絞り、見事に日本語化したものもある。何とかして、日本語を守りたかったのではないか。そんな気概さえ伝わって来ることばもある。
今日の「外頼語」大氾濫の背景に流れるのは、まさに世相を反映したのか、横着で安易
で軽薄で表層的すぎる精神と感覚や感情に任せた人間の行動様式の発露のみ。古より脈々
と日本人が受け継いできたはずの価値さえ、いとも簡単に反故にしてしまえる行為には、
唯々あきれるしかない。日本人としての、自尊心、自信、自覚、自負心など微塵も感じら
れない。あの先の大戦で敗戦を味わった日本人には、決して失ってはならない日本人とし
ての矜持さえ、今や持ち合わせていないのだろうか。
日本人の愚行蛮行がもたらしつつあるのは、日本語の崩壊と消滅であり、行き着く先に
見えてくるのは日英混成語化ではないか。
つづく





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